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食料自給率と食料安全保障を問い直す~「カロリーベース」という物差しの限界(コラム#061)

8月29日
読了時間: 7分

昨今の厳しい国際情勢を考えると、食料安全保障については、「カロリーベース食料自給率」という指標だけではなく、長期的な燃料・資材の途絶等をも織り込んだ指標も作って、総合的に有事対応力を評価し、対策を講じていくことが重要である(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)。



【はじめに:ほとんど話題にならない「37%」への低下】


 2026年8月、農林水産省は令和7年度(2025年度)の食料自給率を公表した。それによると、日本のカロリーベース総合食料自給率は前年度から1ポイント低下し、戦後最低水準の37%となった。かつて1965年度に73%あった自給率は緩やかに低下を続け、2000年代以降は40%前後で横ばい推移してきたが、一段と落ち込んだ。しかし、報道等では大きく取り上げられず、あまり話題にならなかった印象がある。


(出典)農林水産省
(出典)農林水産省

 一方、周りを見渡せば、安全保障をめぐる緊張はかつてないほど高まっている。中東での地政学的紛争によるホルムズ海峡の航行危機や、台湾有事といったシーレーン(海上輸送路)の途絶リスクは、今や絵空事ではない。


 こうした緊迫した国際情勢のなかで、私たちが長年、食料安全保障の主たる物差しとしてきた「カロリーベース食料自給率」という指標は、どれほどの意味を持つのだろうか。真の安全保障を確立するために、この指標が抱える限界と、これからの時代に必要な新しい指標のあり方について考えてみたい。


【1. カロリーベース食料自給率という「物差し」の限界】


 そもそも、「カロリーベース食料自給率」とはどのような指標だろうか。これは、大雑把に言えば、国民一人一日当たりに「国内で消費される総供給カロリー」を分母とし、「国内で生産されたカロリー(輸出分を含む)」を分子とする割合である。


(出典)農林水産省
(出典)農林水産省

 この計算式から、以下のいくつかの構造的特徴と、政策目標とするうえでの課題が浮かび上がる。


 第一に、国民全体の消費カロリーが増えたり、嗜好が変わったりすれば、国内の生産量が変わらなくても自給率は大きく変動するという点である。日本人の食生活は戦後随分豊かになり、消費カロリーも増えていった。また、主食は米一辺倒から、肉類やパン、油脂類を含むものへと多様化した。米は国内でほぼ100%自給できるが、肉類の飼料(トウモロコシなど)や油脂類の原料、小麦は大部分を輸入に頼っている。この食生活の変化こそが、近年の自給率低下の主因となってきたといえるが、消費者の嗜好等を強制的に変えられない以上、この分母の動きを政策的にコントロールすることは極めて難しい。



 第二に、分子部分をみれば、わが国では、意図的に国内の穀物生産量を抑制する政策を行っている。長年、日本は米の生産調整(いわゆる減反政策)を進めてきた。供給余力のある米作について、国内生産を政策的に抑え込んでいるのだから、分子が伸びず、「カロリーベースの自給率」が上がらないのは、当然の帰結である。一方、穀物輸出国である米・カナダ等では、輸出量を含めた生産量が国内消費量よりも多いので、「カロリーベースの自給率」は100%を超えていたりする。


(出典)農林水産省
(出典)農林水産省

 第三に、作物の付加価値とカロリーのミスマッチである。農家がカロリーの高い穀物(米や麦)の生産から、市場価値が高い野菜、果実、花卉などの生産にシフトしたとする。野菜等はカロリーが穀物に比べて低いため、どれだけ国産割合が高くても「カロリーベースの自給率」の向上には大きく貢献しない。一方、これらの経済的価値は高いため、「生産額ベースの自給率」は上昇させる。


(出典)農林水産省
(出典)農林水産省

 

 第四に、この「カロリーベースの食料自給率」の計算式は、輸出国の不作等によって食料・飼料の輸入が途絶することは想定しているが、現在取沙汰されているような国際的な危機までは視野に入れていない。すなわち食料は海外から入ってこないが、なぜか、燃料や肥料だけは平時と同様に海外から調達できるという、極めて楽観的な仮定に基づいている。実際の有事においては、輸入飼料(注1)ばかりでなく、石油・肥料原料等までが途絶する可能性は高い。そうなると、国内の農業の大半が立ち行かなくなる(注2)。


(注1)今の計算式でも、輸入飼料に頼って作られている国産畜産物については、「国産」には計上していない。

(注2)わが国の農業は、石油や肥料原料などの「特定資材」を海外からの輸入にほぼ100%依存して成り立っている。田畑を耕し、収穫し、出荷するための農業機械はガソリンや軽油(石油)で動く。さらに、尿素、りん安、塩化加里といった化学肥料の主要原料は、資源の偏在もあって、特定の国(アメリカ、中国、カナダ、ロシア、イラン、モロッコなど)からの輸入にほぼ依存している。



 このように、「カロリーベースの食料自給率」は、国内で供給される栄養価を測る一定の目安にはなっているとはいえ、これ単体をもって有事の政策目標にするには課題がありすぎるのである。




【2. 国際情勢に即した多角的な指標の必要性】


 今後は、厳しい国際情勢に対応するためには、「カロリーベースの食料自給率」という単一指標に依存するのをやめ、より多面的で段階的な指標を整備しなければならない。農林水産省も、「生産額ベース」に加え、「摂取熱量ベース」など複数の指標を提示し始めてはいるが、さらに、厳しい事態が発生した場合を想定し、より政策目的に合致した指標を構築していくことが必要である。

具体的には、平時と有事それぞれに対応した、以下のアプローチが求められる。


(1)平時における指標と対策

 平時における農業や自給度合の評価軸としては、(課題は有しているとはいえ)現在の「カロリーベース」、「生産額ベース」の指標を活用することには、十分に意味があるであろう。


①生産額ベース:高付加価値農業と積極的な輸出促進

 農業をもっと「稼げる産業」にしていくことが出来れば、食料を自給する上での基礎である、国内の生産基盤と担い手が維持されるようになる。こうした観点からは、「生産額ベースでの自給力」を高めることを目指すことは、非常に意味がある。野菜、果物、花卉など、日本が強みを持つ高品質な農産物については、世界の富裕層に売り込むことを含め、輸出を拡大し、生産・売上を一層増やしていくことが望ましい。


②カロリーベース:米の減反政策の廃止と農地の大規模集約

 主食である米については、政策を180度切り替え、減反を完全に取りやめるべきである。零細農家の保護は別の政策で対応しつつ、米作自身は自由にできるようにしていって(注)、平時の余剰分については、しっかり備蓄するとともに、どんどん海外へ輸出する。そうすれば、輸入食料が途絶するといった場面では、(短期的には)その備蓄分を費消するとともに、輸入小麦・輸入大豆の代わりに、平時には輸出に充てていた米によって、国民の必要なカロリーを賄うことができるようになる。そういう意味で、減反をやめて「カロリーベース自給率」を大幅に引き上げていくことは、食料安保上、かなり意味があるのである。


(注)農地を意欲的な大規模農家や農業法人へと集約・集約化して、米作に関するコストを下げれば、安価で良質な米や穀物の大量生産が可能となる。そうすれば、価格競争力がつき、輸出も出来るようになるし、生産額ベースでの自給率も上がるであろう。


(出典)農林水産省
(出典)農林水産省

(2)有事に備えた3つの「危機シナリオ別指標」

 有事の安全保障を評価するためには、危機の深刻度と途絶する資源の種類、そして時間軸に応じて指標を3段階に分けて整理する必要がある。


シナリオA:食料の輸入が途絶した場合(世界的不作など)

 この段階の対応力をみる上では、主要な主食・穀物を短期的にしのげるだけの「国内の潜在的生産力、十分な備蓄、そして平時からの輸出余力(有事には輸出向け生産を国内消費へ回す)」を統合した「短期・有事食料供給力指標」を設けるのは有用であろう。この指標は、今の「カロリーベース自給率」の計算式のカバレッジを拡充することで構築できるはずである。



シナリオB:食料に加え、石油や肥料原料の輸入が途絶した場合(中東紛争や台湾有事の初期)

 この段階での生命線は、食料のみならず「石油や肥料原料の国内備蓄」となる。こうしたことから、農業用エネルギーや特定資材の安全度(蓄積量)を食料の生産可能量に掛け合わせた、「資材統合型・自給力指標」が必要となる。石油備蓄を食料安全保障の重要な構成要素として組み込むことで、こうした有事に対してどの程度準備ができているかを評価することになる。



シナリオC:資材・燃料の途絶が長期化した場合(本格的なシーレーン封鎖)

 食料・資材・燃料の輸入が1年以上途絶え、農業機械も化学肥料も使えない厳しい状況を想定した、「長期・有事食料供給力指標」も設ける必要があろう。いも類等への作付転換ばかりでなく、休耕地や未利用地を農地として活用することなど、あらゆる手立てを講じて、国内の農地と地域資源(堆肥や有機肥料)のみで、どれだけのカロリーを維持できるかをシミュレーションする、時間軸を伴う評価指標である。


 こうした段階別にみた有事への対応力を、指標として可視化していけば、実効性のある長期的生産体制への移行や、必要十分な備蓄に向けて、生産的な議論を行えるようになるはずである。

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