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黒部の太陽とアルプスの水(コラム#025)

難工事で有名な黒部ダムを夏休みに訪れたが、先人の血のにじむようなご苦労のお蔭で、現代の我々の快適な生活があることを強く自覚した。目下近隣国との間で問題になっているALPUS処理水の海洋放出自体は、科学的に解決されるべき国際政治問題であるが、原発を含め、電力に頼り切っている生活を見直すこと自体はやはり大事である。電力はもっと大切に使いたい。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)



夏休みに家族で、黒部ダムを訪れた。以前、映画『黒部の太陽』(1968年公開。石原裕次郎・三船敏郎主演)をDVDで観たことがあったので、破砕帯(地下水を大量に溜め込んだ軟弱な地層)における難工事について知ってはいたし、CGのない時代に作られた映画での出水のシーンなどは非常に迫力もあったが、やはり百聞は一見に如かずであった。



電気バスで、北アルプスを貫く黒部川第四発電所の大町トンネルを通れば、とてもひんやりしている。トンネル中央付近の、およそ80メートルに亘った破砕帯では、掘削しても掘削しても、摂氏4度、最大毎秒660リットルの地下水と大量の土砂が噴出してきたという。そして、ダム工事全体で171名もの尊い命が失われた。まさに命がけの工事であった。合掌。



今は想像もつかないが、戦後復興がはじまった1950年代の日本では電力不足が深刻で、停電が日常茶飯事になるなど、経済活動や生活に支障をきたしていた。黒部川は、3千メートル級の山々が連なる北アルプスを水源としていて、日本海まで一気に流れ下る。水量が豊富なうえに急峻であることから、水力発電に極めて適した条件を備えており、大正時代からいくつか小規模のダムがつくられていた。そうした経験・技術の蓄積を踏まえ、当時最大級となった水力発電所を作るべく、さらに奥地で黒四ダム(黒部ダム)の大工事がはじまったのである。



黒部ダムの完成までには7年もの歳月がかかった。電力インフラの整備は、今に至るまで綿々と続けられ、そうした関係者の血のにじむような苦労の上に、現代の我々の快適な生活がある。そうしたことを今回の訪問で強く感じた。電力はもっと大切に使わなければと、身が引き締まる。



「アルプスの水」といえば、目下、福島第一原発におけるALPS処理水の海外放出が、近隣国との間で政治問題となっている。ALPS処理水は、多核種除去設備(ALPS)を使って、汚染水から大部分の放射性物質を取り除いたもので、科学的に安全であることが国際社会で正当に認められている。それにも拘わらず、日本の海産物の輸入禁止措置に踏み切ったことは、もっぱら政治的に強い意図を持って行ったものであることは間違いない。その真意は測りかねるが、早期に、そして科学的・合理的なかたちでこの問題が沈静化することを期待したい。



今回焦点があたっている処理水というものは、世界のあちこちで海外放出されている。原発事故の有無に拘わらず、(また、国を問わず)原発を有していれば、そこから必然的に生まれうるものである。

現代の生活において、ベースロードとなっている原発をすっかりなくすわけにもいかない。原発維持に関する個々人の思想信条に拘わらず、それが日本の、世界の今の現実である。



そうした中で、現代に生きるわれわれがせめて出来ることは、電力の貴重さを強く自覚すること、そして、原発、水力・火力発電所を問わず、そうした電力インフラを一基でも増やさずにすむように、精一杯工夫して暮らすことなのであろう。東日本大震災の直後は、もっとそういう思いは国内でも強く共有されていたのではないか。



電力料金が昨今のように上昇しなくても、大いに節電を心がけていきたい。

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