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オリンピックと草の根の繋がり~国際親善はN=1の積み重ね(コラム#055)

留学でアフリカから来日していたアブラハムさん一家は、この春、数年振りに母国に戻ることになったが、特定の国に大切な友人・知人がいること、草の根の繋がりがあることこそが、国際親善において一番大切なことであるように思う(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)。


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世界各地では、紛争のニュースが絶えず、自国ファーストの風潮や外国人排斥といった厳しい現実が影を落としている。一方、冬季ミラノ・コルティナ2026オリンピックをみれば、勝負には全力を尽くしつつ、互いの健闘を称え合う各国の選手たちの姿に心打たれる。現代において、本当の「国際親善」とは一体どこにあるのだろうか。たまたま今月は、アフリカ出身のアブラハムさん一家(仮名、以下同様)と久しぶりに会う機会もあったが、彼らの日本における交流を通じ、国際親善のあり方について考えてみた。



アブラハムさんに最初に会ったのは、かれこれ10年近くも前のことである。彼は、「ABEイニシアティブ」(注)でやってきた留学生の一人であった。敬虔なイスラム教徒で、新婚の妻ファティマさんと共に来日し、長男のエルミくんは日本で生まれた。一度は帰国したものの、博士号取得のために再び単身で、そして後に家族を呼び寄せており、日本での生活は、都合6、7年になる。


(注)安倍政権が打ち出した「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ」というプログラム。アフリカの若者を日本に招き、修士・博士号の取得や企業でのインターンシップを通じて、日本とアフリカの架け橋となるリーダーを育成することを目的としていたもの。当初、5年間で1,000人のアフリカの若者を日本に招き、ビジネスおよび開発分野のリーダーとなる人材を育成することを目指した。


アブラハムさん一家の日本での生活は、まさに草の根の交流そのものである。 現在小学校2年生になったエルミくんは、地元の学校で大変な人気者である。日本語を流暢に操り、友達は日本人ばかり。彼にとって、日本はもはや「異国」ではなく、自分のアイデンティティの一部を形作る「故郷」となっている。また、ファティマさんも、自身の英語力を活かして、地元の方や若い人に英語を教えるなど、日本での仕事にやりがいを見出している。


彼らは口を揃えて「日本が大好きだ!」と言ってくれている。清潔で安全な環境はもちろん、何より「地元の人が親切にしてくれること」が、彼らにとっての日本のイメージを形作っているのである。



オリンピックには「卓越 (Excellence)」「友情 (Friendship)」「敬意 / 尊重 (Respect)」という3つの価値があるという。特に「友情」は、スポーツを通じた交流が人と人を結びつけ、互いの理解を深めることで、よりよい世界の構築に寄与するとされる。


この「友情」や「相互理解」は、アブラハムさん一家の交流のように、実際に顔の見える個人との繋がりがあると、一層強固なものになるのであろう。その国の文化や社会を、自分の身近なものとして尊重できるようになるように思う。東京オリンピックのときにも、全国の自治体が参加国・地域の選手たちと交流を図る「ホストタウン・イニシアティブ」があった。住民一人ひとりと選手たちとの心温まる「草の根型の交流」こそが、オリンピックのレガシーであったのかもしれない。



国際親善は、N=1の積み重ねである。統計で「〇〇国の人が、日本国内に何人滞在している」というのではなく、「〇〇国は、エルミくんの出身国だ!」となるとき、そこには国籍や文化を超えた深い共感と敬意が生まれる。もし、世界中の人々が、海を越えたどこかの国に「大切に思う友人」を一人ずつ持っていたとしたら、「オリンピック休戦」(注)は永続的なものにできるのではないか、と夢想してしまう。


(注)オリンピック・パラリンピック期間中の休戦を呼びかける国際的活動。古代オリンピックの開催中やその前後には「エケケイリア(聖なる休戦)」と呼ばれる休戦期間があったことを踏まえ、近代オリンピックでは、1994年のリレハンメル・オリンピック以降、国際連合決議として具体化されるようになっている。



アブラハムさんは、この春、博士号を無事取得でき、ご家族と共に、ほどなく母国へ帰られることになった。もちろん素晴らしいことであるが、お付き合いを続けてきた身として本当に寂しい。幸い、彼は「今後は、日本と母国との橋渡しをしたい」と力強く語ってくれている。彼のような存在が、日本国内だけでなく、世界中に増えていくこと、そして、インシャー・アッラー(もし神が望んだならば)、エルミくんのように、日本を「心の故郷」と思ってくれる子供たちが、日本を再び訪れてくれること。そうした個人の繋がりが網の目のように世界を覆うことこそが、最も強靭な安全保障であり、豊かな国際社会実現への近道なのだと思う。



筆者も、ちょうどエルミくんの年ごろには、親の仕事の関係で米国に暮らしていた。最近は米国社会もすっかり変わってしまったが、当時は外国人に寛容で、幼かったこともあって楽しい思い出しかない。長らく自分にとっては米国こそが心の故郷であったし、米国人の幼馴染とは半世紀以上に亘り、

ずっと交流を続けている。



果たして、日本は、外国人にとって今よりも寛容で温かな社会になっていくのであろうか。冬季オリンピックで、様々な国籍の選手たちが全力を尽くし、そして抱き合う姿に胸を熱くしながら、ふと考えた次第である。

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