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高額療養費制度見直しの迷走~社会保険制度の全体最適に向けた議論への第一歩となるか(コラム#044)

 「高額療養費制度」の見直しが今般凍結されたのは国民の選択であるが、医療保険制度が立ちゆかなくなっている以上、国民の自己負担を増やすなり、何らかの対応は今後とも検討していかざるを得ない。今回の一連の騒動がきっかけとなり、社会保険制度の全体最適に向けた議論が進んでいくことを期待したい。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)

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高額医療
高額医療

 「高額療養費制度」については、ここ数か月様々な議論がなされ、最終的に、見直し案が凍結となって、新年度予算の修正にまで波及するなど、世間の注目を集めるものとなった。今回の一連の動きは、こういう制度が医療保険の中に存在することが、巷間広く知られるきっかけになったといえる。


 「高額療養費制度」は、簡単にいえば、ある患者の治療にかかる医療費全体がいくら高額になっても、その患者が窓口でひと月に支払う医療費が一定の上限額(所得によって上限額が異なる)を超えないようにする、という仕組みである。最近の治療では、抗癌剤など高額なものも増えているが、この制度があることで、患者は過度な経済的負担を避けることができる。患者としては大変有難い制度である。筆者も、がん患者としてこの制度のお世話になったことがある。


 最近の「高額療養費制度」を巡る議論の経緯を掻い摘んで紹介すれば、(1)「高額療養費制度」の下での自己負担の上限額を引き上げる改革案が政府から出され、ほぼそのように決まりかけたが、(2)患者団体を中心に強い反発があり、反対意見が強まる中で、(3)与野党問わず、政治家たちもこの問題に対して敏感に反応し、(4)結局「自己負担引き上げに向けた見直し」が凍結されることとなった、というものである。


高額療養費制度の見直し案
高額療養費制度の見直し案

(出所:厚生労働省HP)


 本件については、既に、多くの有識者から色々な観点から解説がなされている。したがって、筆者として付け加えられることはさほどないが、本稿では、いくつかの点を強調しておきたい。


-1.「保険」というものの性質

医療保険に限らず「保険」というのは、何か不測の事態が起こって想定外の出費等が発生したときに、予め保険料を納めておいた人々(被保険者)が、プールされた保険金によって救済される(=家計が経済的に破綻しない)ようにするための制度である。

医療保険の中でいえば、今回話題になった「高額療養費制度」は、とりわけそうした性格が強いものである。


保険
保険

2.医療保険の収支改善のための「不都合な真実」

 一方、国民全体で必要とされる医療費は、①高齢化の進展や②医療の高度化等によって、近年増加の一途を辿っている。プールされた保険金では到底賄えない状態になってきているが、今回の一連の議論を通じて、そうした厳しい現状が改めて国民に知られるところとなった。


 医療保険制度が崩壊しないようにするためには、保険の「入りを増やす」か、「出を減らす」しかない。


 保険の「入りを増やす」主な方法としては、「保険料率を引き上げる」ことがある。

 一方、保険の「出を減らす」方策としては、患者側が(医療保険の外で)実質的に自分の医療に関する負担額を増やす方策が考えられる。例えば、


-①患者が窓口で負担する金額を増やす(例.(a)高齢者ないし現役の自己負担率を引き上げる、(b)今回の見直し案のように、高額療養費制度による救済範囲を狭めて、自己負担を増やす)、


-②湿布薬やうがい薬など、薬屋で普通に買えるような薬(「OTC類似薬」)については、医療保険の対象から外していく(=これらの薬を必要とする患者は、10割自己負担で、薬屋で薬を買うことになる)

といった対応である。


 このように、「入り」「出」でのどのような見直し策をとったとしても、当然ながら、国民・患者の直接的な負担が「どこかで増える」ことは避けられないのである。


費用負担
費用負担

3.医療の「効率化」の重要性

 医療保険制度が崩壊しないようにするための、より抜本的な対策としては、「医療の質を極力落とさないようにしながら、『無駄な医療』を減らすこと」がある。

 例えば、

-①「過剰な受信・検査・投薬」などが減るように、医療制度や運用を見直す、

-②DX(ICT化)や病院の再編等を推進することで、より少ないコストで医療を提供できる体制を作る、

といった対応である。


 もちろん、これらは決して簡単ではないし、効率化でどれほどの医療費を節減できるのかも明らかではない。が、もし、国民・患者が自分自身の負担を増やしたくないのであれば、今後、最も力を入れていくべき対策にはなる。



高額医療
高額医療

4.制度改正のプロセス

 今回の「高額療養費制度」の見直し案が出てきたプロセスをみると、所謂政治主導・トップダウンで急に出てきたものでもないし、逆に、官僚の独断で出されたというものでもない。政府は、医療費見直しの一環として、以前から関係者とも慎重に議論を積み重ねてきており、閣議決定(2024年12月)等も経た上で、今般、その具体化に向けた案を出してきたのである。


 それにもかかわらず、本件では、最近になって急に反対の声が強く聞こえてきた。そして、与野党を巻き込んでの議論となり、最終的に見直しを凍結せざるを得ないものとなった。


 これは、これまでの一連のプロセスにおいて、「当事者の声を十分に拾い切れていなかったこと」が影響した可能性がある。実際、部会等の検討の場においては、現役世代の患者代表と思われる人々はメンバーにおらず、一般的な高齢者の代表だけが参加していた。また、法律改正を必要するような事案ではなかったので、国会での審議も、パブリック・コメントもなされなかった。


 無論、誰の声をどこまで聞けば十分なのかという「代表性」の問題は、簡単に答えが出るものではない。とはいえ、このような制度改正の議論を進めていく際のプロセスについては、これを機に見直していく余地がある。



代表性
代表性

5.対策の優先順位の選択

 今回の見直しに関する一連のやりとりをみると、「『高額療養費制度』というセーフティーネットは守るべきだ」という考え方が、国民から強く支持されたようにみえる。


 一方、「高額所得者を中心に、負担出来る人に、より多く自己負担をしてもらう」という改革部分も、当面実施されないことになった。保険のプールが不足している現状の中で、今回の見直しを全面的に見送ることが、果たして適当であったかは、議論の余地があろう。


 仮に「高額療養費制度」を今のかたちのままで守るのであるならば、「では、それ以外の方策で、どのように医療保険の収支をバランスさせていくか」を、今後一層真剣に議論する必要がある。


 今回の見直し案は、高額療養費制度での自己負担を増やすことで、現役世代の保険料率の引き上げを少しでも抑制しようとするものであった。これが頓挫したということは、国民としては、「保険料率の引き上げの方が、まだまし」という選択を「結果的に」したということも、あわせ認識する必要がある。


 医療保険制度については、一部の課題について、その関係者だけで議論をしていても、全体最適には至らない。より広い視野での議論が必要となる。


対策の優先順位
対策の優先順位

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 折しも、今月新たに作られた議連の名称は「高額療養費制度と社会保障を考える会(仮称)」となっている。「社会保障」全体に関するバランスのとれた議論なくして、その各論である「高額療養費制度」の見直しの落しどころを見つけることは至難の技である。


 今回の一連の騒動をきっかけに、社会保険制度の全体最適に向けた議論が進むことを期待したい。

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