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給付付き税額控除~バラマキか、新たなセーフティーネットか(コラム#051)

 「給付付き税額控除制度」については、今後与野党で議論が進むことになるが、(1)、真に支援が必要な層に的を絞った、きめ細やかな支援を実現できること、(2)簡易・迅速に実施できること、(3)経済状況等の変化に応じて、柔軟に条件等を変更できること等、ほかの所謂「バラマキ政策」――家計支援、「現金給付」的な施策――と比べて、導入のメリットは大きいと考えられる(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)。

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 給付付き税額控除制度については、直近では、自民党と日本維新の会が連立政権合意書にその「早期な制度設計」を明記するなど、最近しばしば報道で取り上げられている。その概要は、色々なニュース・ソースで解説がなされており、また今後の与野党の議論によっても大きく変わりうることから、制度面についてはここでは深く立ち入らないが、他の所謂「バラマキ」政策と比べて何が違ってくるのかについて、少し考えてみたい。


(給付付き税額控除制度の仕組み)

「給付付き税額控除制度」は、所得税の減税(税額控除)と現金給付を組み合わせた家計支援策である。具体的には、①所得税を納めている国民については、一定額(例えば5万円)を控除し、②納税額がそれよりも少ない、ないし、そもそも納税額がゼロの場合には、控除額の上限までの差額分については、現金で給付するという仕組みである。


 制度設計によっては、⓪所得の相対的に多い人については、控除額を減らす、ないしゼロにするという方法で、所得の少ないに対して、より手厚く「支援」するようにすることも出来る。

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(給付金付き税額控除制度の持つ基本的な性格)

 他国では、既存の所得控除をこうした給付付き税額控除に置き換えた実例があるとされるが、税の専門家からすれば、「ちょっと待ってくれ、日本ではそもそも税額控除に置き換えられることの出来る所得控除って、そんなにあったか?」と突っ込みを入れたくなるであろう。


 しかし、そういうきちんとした「税のあり方」の議論ではなくて、恐らく日本の政治家が念頭においているのは、新型コロナのときに1人当たり一律10万円配った「特別定額給付金」に代わる仕組みなのであろう。つまり、経済が停滞したときに行う家計支援、つまり「現金給付」的な施策を実施するための制度である。


 新型コロナの際には、とにかく「簡素な仕組み」で、「迅速かつ的確に」行うことが最優先され、「特別定額給付金」は、「バラマキ」の色彩がかつてないほど強いものとなった。当初は、「生活支援臨時給付金」(生活に困っている世帯に対して30万円を給付するもの)が検討されたのだが、新型コロナの影響で所得が減ったことを証明する必要があるなど、制度が複雑で分かりにくい、と批判された。このため、所得が非常に多い人も、生活保護などの別途の支援を受けている人も、一律に配布することになったのである。


 ちなみに、石破政権が、先の参議院選挙の前に公約として示した「現金2万円給付」の案が、心ある国民にウケなかったのも、インフレ対策としてはインパクトが小さくみえた一方で、(子育て世代、低所得世帯に手厚く支援する要素はあったが)選挙前の一律「バラマキ」的なイメージが強かったことも影響していると思われる。

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(一般的なメリット)


 以下では、「給付付き税額控除制度」を、所謂「バラマキ政策」――幅広い国民を対象に、家計支援、「現金給付」的な支援を行う施策――の一種としてとらえてみた場合の、一般的なメリットについて、簡単に整理してみたい(今後の制度設計によって大きく変わりうる点は留意する必要がある)。


1)まず、支援が必要な層に「的を絞った」、きめ細やかな支援を実現できる点は長所となる。


 上述の通り、新型コロナの際の「特別定額給付金」は、明らかに支援を必要としない層も含め、全国民を対象に多額の税金が一律に支給されるなど、バラマキの度合が極端で、悪手であった。


 また、従来の「所得減税」策については、納税者は主に中間層以上に偏るため、本来最も支援が必要な所得の低い層や非課税世帯には恩恵がほぼ届かない、という根本的な欠点がある。特に、定率減税策をとった場合には、高所得者の方がより多く減税されることになる。


 いわゆる「年収の壁」の見直しのための所得控除額の引上げ等は、(政策目的は異なる部分もあるが)その収入基準近辺の人ばかりでなく、もっと高額所得者の方が恩恵を多く享受するものとなる。収入の非常に少ない人や所得のない人にとっては意味のない政策対応である。


 そして、「住民税非課税世帯」を対象に、限定的に現金等を給付するやり方も多用されているが、これでは、所得が低くても資産が多いような高齢者世帯がより多く対象になりがちである。


 「給付付き税額控除制度」は、これらに比べれば、メリハリをつけやすく、一番支援すべき層に対してより手厚い「支援」が出来ると考えられる。


 もちろん、わが国の現状の所得捕捉の仕組みでは、そもそも所得自体の正確な把握が出来ない。このため、所得額を基準にして支援額を変えたりするのは、「不公平」――本来救済すべきではない、資産の多い人までが、手厚く支援されるのではないか――という批判は当然ある。また、生活保護等、他の福祉政策との整合性をとらないといけない部分も相当ある。


 しかし、上記のいずれの政策も、そこは五十歩百歩である。その中の比較でいえば、明らかに「所得」の多い人への支援を減らすことができる仕組みに出来る点では、「給付付き税額控除制度」はまだマシだといえる。


 制度は、重要な部分で、他の方策より優れていれば、最初から完全なものでなくても実施するメリットはある。広義の所得を把握すべく、所得・資産情報、世帯情報、様々な政策による支援・給付状況などをデジタルで連携させる情報インフラの構築することは、かねてより課題とされていた。これらは、これから数年かけて徐々に進めていくべきである。

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2)次に、事務コストを相対的に少なくしながら、スピード感をもって実施できる点でも優れている。


 「地域振興券」の発行や、新型コロナの際の「特別定額給付金」などは、印刷・配布、通知・支給事務等のために、自治体の現場に莫大な負担がかかり、事務費用や時間もかなりかかるものとなった。また、振興券は、(政策目的から、あえて利用範囲を限定することもあるが)利用面での制約が大きいし、本来それを使う権利を持たない人が、現物を流用したりするリスクもある。


 消費税率の引下げは、一部の野党が強く主張しているが、実施するまでには、津々浦々のレジや経理システムの見直しが必要となるなど、国民経済的にみて甚大な費用がかかる。時限的に導入するものであれば、なお一層混乱を招くものとなる。


 「給付付き税額控除制度」は、これらに比べれば、簡易・迅速に行うことが出来るものである、実務的な面で優れている。むろん、公金受取口座の登録(マイナンバーとの紐づけ)が全国民に対して完了*し、税・社会保障の情報連携基盤(ガバメント・データ・ハブなど)が整備される必要がある。


*幸い、わが国では、殆どの国民(成人)が銀行口座を有しているので、他国と比べるとここは貫徹しやすいはずである。


 新型コロナにおける「デジタル敗戦」――他の先進国では、速やかに支援金を国民に給付できた一方、わが国ではアナログ的な対応を行わざるを得ず、支援時期が大幅に後ずれした――に直面し、政策担当者は大いに反省したはずなのに、なぜそのあと真剣に導入しなかったのか。もし、与野党が「給付付き税額控除制度」を意味のあるものにしたいのであれば、今回こそ、必要な環境整備を同時並行的に徹底すべきである。

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3)そして、経済状況等の変化に応じて、柔軟に条件を変更できる点でも優れている。


 消費税率の引下げについては、仮に財源論を一旦脇に置いたとしても、そもそも税制の根幹を見直す措置となるので、法改正までに莫大な政治的エネルギーを投じることになり、簡単には意思決定は出来ない。そして、消費税率の引上げは、最も不人気な策の一つである。これを再び引き上げようとすると、政権は下野するリスクを負うし、政争の具となってしまう。


 また、「地域振興券」等々の単発の給付金は、導入の是非、制度設計等を一から議論することになり、実施のノウハウなども毎回かなり違ってくる。


 これに対して、「給付付き税額控除」については、制度設計次第であるが、毎年のきめ細かな法令改正で、控除額や所得基準等を変更していくようにすれば、政治的エネルギーを浪費せずに、実施の濃淡を決めることが出来る。公金受取口座の登録さえ済んでいれば、支援額の上げ下げは、大きなシステム対応の負担もなく、かなり柔軟に変更することが出来るであろう。


 このように、一時的・単発の「バラマキ政策」としてではなく、税・給付の「調節弁」として、「給付付き税額控除」を組み込むことは可能である。その上で、その時々の経済情勢、財政の見通しなどを踏まえて、「どういう層に対して、どの程度の支援を行うのか」ということを、オープンに議論することを期待したい。無論、安きに流れることなく、支援を縮小することも行うべきである。


 そうなれば、「給付付き税額控除」は、財政的にも効率的で、真に必要な者に必要な支援を届けられる、公正なセーフティーネットの要となりうる。これまでわが国で繰り返されてきた、他の所謂「バラマキ政策」と称される政策対応よりも、かなり優れた仕組みを作る絶好のチャンスが到来している。

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