top of page

公的年金制度について知っておきたいこと~「増改築を重ねた温泉旅館」の基本構造を理解しよう(コラム#047)

 公的年金制度の改正がなされたが、複雑で分かりにくい年金制度の骨格が分かれば、政治家や官僚が何をしようとしているのか、正しく理解、あるいは批判ができるようになる。そうしていけば、長期的な観点に基づく的確な改革を後押しできるようになる。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)

ree

**

 公的年金制度等の改革法が、今月成立した。これによって、(1)「年収106万円の壁」も数年以内になくなるなど、年金を巡る課題のいくつかは解決に向けて動き出した。また、(2)「基礎年金」部分については、今回は底上げが見送られたが、4年後には状況をみて改善に着手するということである。


 公的年金制度は、あまりにも複雑で「増改築を重ねた温泉宿のようだ」と言われる。年金を巡る論点などは、報道や専門家の論考による丁寧な解説があるが、たしかに、筆者を含めて一般の人が理解するのは難しいものとなっている。


 年金制度の骨格が分かれば、政治家や官僚が何をしようとしているのか、正しく理解、あるいは批判ができるようになる。そうしていけば、長期的な観点に基づく的確な改革を後押しできるであろう。


 本稿では、既によく知られている事項も含めてであるが、出来る限り平易な言葉で、公的年金(以下、年金)の特徴と主な課題についてみていくこととしたい(なお、本稿では、年金のうち「老齢年金」だけを取り上げ、「障害年金」・「遺族年金」は扱わない)。


(出所)厚労省
(出所)厚労省

1:年金は、長生きしたときに備えた「保険」である。


(1)年金は、「長生き」という「リスク」が発生したとき、必要となる生活費等に充てられるように、一定額が支払われるものである。一方、早死にすればそのような給付はない。つまり、年金というものは、将来に備えて財産を貯めたり増やしたりする「預貯金」や「投資」ではなくて、「保険」の一種である。


(2)年金の水準が極端に低いと、「防貧効果」を持たなくなるので、社会保障制度として意味がなくなってしまう。年金制度を長い年月に亘ってみていく場合には、インフレや経済成長などもあって名目額で評価するのは適切ではないことから、年金の水準については、「その時代の現役世代の平均的な手取り(賞与を含む)に比べて、65歳時点の受給額が何割にあたるか」(「所得代替率」)で議論することが多い。


(3)現在は、自分で受給開始年齢を選択することができて(60~75歳)、それによって受給額が変わってくる仕組みになっている。受給し始める時期を65歳よりも早くすると月々の受給額は減り、遅くすればその分多くなるが、「何歳から受給したらお得か」は、長生きするかどうかで決まる結果論であり、なんとも言えない。

ree

2:「公的な」保険である。


(1)「保険」なので、保険料を予め払っておかないと、「長生き」というリスクが発生しても給付はされない。建前としては、国民全員が参加して(「国民皆年金」)、社会全体で支え合うことになっている(「社会的扶養」)。


 そうはいっても、「公的な保険」なので、諸事情で保険料を払えない場合には、納付の免除・軽減・猶予が認められるなど、民間保険と異なり、一定の配慮もある。ただ、これは将来受け取れる年金額が下がることに繋がりうる。


(2)年金給付のうちの基礎的な部分(「基礎年金」)については、現役の「保険料」だけで賄うのではなくて、給付額の半分は税金から出している。その点では、自動車保険のような、純粋な「保険」制度とは言えないが、この仕組みがあることで、現役の保険料率が高くなりすぎるのが抑えられている。

税金は、経済力のある人がより多く払っているので、こうした国庫負担が年金に入ることで、実質的に、保険料の肩代わり(経済的余裕のない人への「所得再分配」)がなされているといえる。


(出所)GPIF
(出所)GPIF

3:現役が保険料を納めて同時代の高齢者が給付を受け取る、社会全体での「仕送り」である。


(1)年金制度が発足した当初は、自分自身が現役時代に積み立てた分が将来戻ってくる仕組みとしていた(「積立方式」)。一見すると、この方式は理にかなっているようにみえる。しかし、日本経済が貧しかった時代に収めた「保険料」は、現在からみれば極めて少額で、それを前提とした年金を受け取るのでは、今の経済状態ではとても暮らせない。


(2)こうしたことから、現在では、現役世代が納める保険料を、同じ時代に生きる高齢者の年金給付に充てるようにしている(「賦課方式」)。年金は、社会全体で行われている「仕送り」であるといえる。

 年金制度では、こうした「世代間の所得再分配」によって、社会全体の安定を維持しようとしているので、「現役世代は、納付金額の割に将来期待できる給付額が少なくて割を食う」、「世代間格差があってけしからん」といった議論は、一面的な見方となる。


(3)なお、「賦課方式」といっても、完全な自転車操業ではない。これまでの現役世代が納めてきた保険料で、まだ給付されていない部分は、毎年の年金給付額の4年分程度(約260兆円)残っている(「年金積立金」)。今後、給付額が保険料を上回る局面では、年金積立金を徐々に取り崩すことも予定されている。とはいえ、現役の保険料が中心であることには変わりはなく、数十年単位でみると、年金給付は、「保険料7割、税金2割、積立金1割」で賄われることが想定されている。


(4)年金積立金は、年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)が、長期的な視点からまとめて運用して、安定的に増やすようにしている。


(出所)GPIF
(出所)GPIF

4:年金制度そのものは破綻しないとしても、少子高齢化が続く中では、現在のような給付水準は維持できない。


(1)年金は、「現役が保険料を納めて、同時代の高齢者が給付を受け取る」という仕組みなので、制度そのものが破綻することはない。

 しかし、少子高齢化がこのまま進めば、現役世代の数が少なくなる一方、給付を受ける高齢者が増える。このため、もし給付水準を維持しようとすれば、「仕送り」をする現役世代の保険料をどんどん上げないといけなくなる。逆に、保険料率を維持しようとすると、将来的には一人当たり給付できる額は相当小さくなる。


(出所)厚労省
(出所)厚労省

 年金は、関係者が相当努力し、国民自身もしっかり勉強しながら、経済社会情勢の変化に応じて不断の改訂や利害調整(5年に一度の「財政検証」と制度改正)をしっかりしていかないと、将来世代にとっては殆ど意味のない制度となってしまう。


 20年ほど前には、年金問題が政治問題化する中で、野党は「年金は破綻寸前」、与党は「100年安心」と喧伝していたが、いずれも正しい見方ではない。

ree

(2)年金の給付水準が極端に低くなっては、防貧効果がなくなる。一方で、現役世代の負担できる保険料も、もう限界にきている。


 こうしたことから、2004年には大きな制度改革を行い、①現役世代の負担がこれ以上上がらないように保険料率を固定した上で、②現在および近未来の高齢者への年金給付額の「増加を抑制」することで、遠い将来の高齢者(=今の現役・若者世代)への給付額が減りすぎないようにした(「マクロ経済スライド」)。


 これは、今の高齢者にとっては「年金カット」になるので、政治家は非常に気を遣っているが、現役・若者世代(将来の高齢者)の多大なる犠牲の下で、今の高齢者の生活だけを支えるわけにはいかない。

(出所)厚労省
(出所)厚労省

(3)「マクロ経済スライド」はインフレを前提にした調整装置であったことから、デフレ期には殆ど発動されず、現在の高齢者の年金の所得代替率があがったため、将来世代の給付額がその分割を食うこととなった。2016年には制度改正したが(「キャリーオーバー」)、調整のスピードは依然遅い。


(4)また、いくら調整をしたとしても、所得代替率が徐々に下がっていくことは避けられない。現時点では、所得代替率が将来に亘って5割を切らないことが目標とされている。


 ただ、①「そもそも、所得代替率が5割あれば年金として十分な水準なのか」という議論は当然ある。また、②色々な前提や仮定が置かれた試算であることから、「その5割さえも本当に維持できるのか」という点も、相当注意して検証していく必要がある。

ree

4:年金には大きく2種類ある(「2階建て」)。


(1)「1階」部分にあたる国民年金(基礎年金)は、20歳以上60歳未満の全国民が加入するもので、国民は、納付した期間に応じて、将来一定額の年金を受け取る。保険料は、(自営業等の所得の正確な捕捉が難しいといった理由から)制度開始当初から「収入の多寡に拘わらず定額」としてきた(現在、年間約21万円)。


(2)一方、「2階」の厚生年金は、被用者(企業や公的機関などで雇われている人。正社員に限らない)が対象となるもので、勤務時間等の要件を満たせば、自動的に加入することになる。保険料は定額ではなくて、報酬に応じて変わる(料率は一定(18.3%)で、保険料には上限がある)。なお、被用者なので、保険料の半分は雇用者が供出することになっている。


 将来の年金給付額の方も、納めた保険料に応じて変わるが、比例的に増加するものではない。年金は、社会保険制度であることから、一定程度「所得再配分」的な要素を持っており、厚生年金も、国民年金(基礎年金)部分を一部支えるように運営されている。

(出所)厚労省
(出所)厚労省

5:国民年金・厚生年金ともに、課題は沢山ある。


課題A:国民年金では、保険料を40年間満額納付したとしても、将来受け取れる年金額は、年間83万円程度(現時点)に留まるなど、年金だけでは老後の生活には不安が残る。この点は、自明のことであったが、数年前に「老後2000万円問題」として、年金以外にも相当の蓄財が必要なことが改めて政治問題にもなった。


 また、低成長であった「失われた30年」と同じ程度の経済状況が今後とも続いた場合には、30年後には、基礎年金の給付水準が3割ほど低下することが予想されている。


課題B:国民年金の対象者は、自営業、フリーランス、非正規雇用や無職などが中心で、収入の少ない人が多く、こうした人にとっては今の保険料の水準であっても、負担感が相当大きい。


課題C:上記Bの通り、保険料の負担感が大きいため、現役世代でありながら、国民年金の保険料を払わない、払えない人が趨勢的には増えてきている。このため、将来的に(ただでさえ十分でない)年金を満額受け取れなくなってしまう人が多くなることが憂慮されている。

(出所)GPIF
(出所)GPIF

課題D:ここ数十年で働き方が大きく変わり、非正規雇用・短時間勤務やフリーランスなどが非常に多くなった。雇用側も、厚生年金保険料の負担を回避したいことから、そうした働き方を推進してきた。このため、実質的には被用者である人々が、厚生年金の枠組に入れておらず(国民年金にのみ加入)、将来的に低年金となる可能性が高い。


課題E:配偶者が厚生年金に加入している専業主婦などは、配偶者の保険料で将来自分の基礎的年金を受け取れる仕組みになっている(「第3号被保険制度」)。近年、パートタイムで働く人が非常に増えたが、こうした人は、世帯全体でみた厚生年金の保険料「負担」が増えないように、自分自身が厚生年金保険料を払う対象となる手前までの勤務時間・収入に止めることが多い(「年収106万円の壁」)。雇用側も厚生年金保険料の拠出を回避すべく、そうした働き方を歓迎してきた。しかし、さすがに近年は人手不足感が強まっているほか、この「壁」が結果的に女性の社会進出を阻害することにもつながっている。

(出所)厚労省
(出所)厚労省

6:今回の改正で、上記課題の一部は解決に向けて動き出したが、緩慢な改革スケジュールとなる。


(1)今回の改正では、将来低年金に陥る人が少しでも減るように、厚生年金加入者の範囲を徐々に広げていくことにした(課題B~Eへの対策)。週20時間以上働く場合には、収入が少なくても、勤務先が規模の小さい企業であっても、厚生年金制度に入ることになる。但し、中小零細企業にとっては年金の事業主負担が増えることから、結局、10年程度かけて段階的に適用していくこととなった。


(2)国民年金(基礎年金)が十分でない点(課題A)については、政府は、①「国民年金の加入年数を45年にまで延長すること」は、改正議論の当初で諦めた。


 一方、②厚生年金の積立金からの支援を厚くしていくことで「底上げ」を図ることについては、ネット世論等の(曲解も含めた)反対の声をうけて、改正を先送ることとした。そうしたところ、野党から「低年金化への対応が足りない」という逆の批判(「あんこのないアンパンだ!」)にあい、結局、次回の財政検証の時期(2029年)に、具体的な制度設計や財源確保の仕組みについて検討することで決着した。


(3)このように、上記5.でみた多くの課題は、解決に向けて動き出した部分があるが、改革のスピードは非常に緩慢である。


 直近の報道によれば、与野党は、社会保障改革に関して超党派の新たな会議体を設置していくとのことである。党利党略を排した議論とスピード感のある改革を期待したい。


コメント


bottom of page