エネルギー基本計画~楽観的シナリオを見せては国民の意識が変わらない(コラム#041)
- 竹本 治
- 2024年12月31日
- 読了時間: 5分
中長期的なエネルギー需給にかかる政府の基本方針(原案)が示された。エネルギー供給を巡る客観的な環境は相当危機的なのに、相当背伸びした(楽観バイアスのかかった)シナリオを示したり、補助金などで目先の価格高騰の痛みを減らしたりするのは、のちのちに大きなツケとなって返ってくる可能性が高い(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)。

エネルギー需給にかかる、政府の「エネルギー基本計画(第7次)」(中長期的な基本方針)の原案が先日発表された。パブリック・コメントを受けた上で、来春に決定される予定となっている。
3年振りの改定となる今回の案では、2040年度における発電量に占める割合(電源構成)は、(1)火力が3~4割(2023年度:7割)、(2)再生エネルギー(水力を含む)が4~5割(同:2割)、(3)原子力が2割(同:1割)としている。電力需要は、省エネの推進や高齢化などでここ10年くらいかけて徐々に減って来たが、2040年度には、AI需要の増加などから2022年度比で2割程度増えてしまうことが見込まれる。そうした中で、今後の供給力をどう確保するのかについて、検討の苦労のあとがしのばれる計画となっている。

(原資料:資源エネルギー庁)
この機会に少し、エネルギー政策のあり方について(特に電源関連)、論点を整理してみたい。
よく知られているように、わが国はエネルギー自給率の非常に低い国である。我々の普段の生活や経済活動は、大変脆弱な基盤に立っている。
エネルギーは、理想的には、①安く(環境負荷コストを含めて、発電コストが低い)、②安全で、③安定供給がなされ(世界情勢に左右されない、時間帯によって供給力が変動しない)、④環境にもやさしい(「脱炭素」の目標に適う、廃棄などもしやすい)ことが望ましい。エネルギー政策関係者の間では「S(Safety)+3E(Energy Security、Economic Efficiency、Environment)」というそうである。さらに、➄供給制約が少ない(需要増に応じて、供給力を増やしていける)ことに越したことはない。

しかし、そんな都合のよいエネルギーが確保出来るはずもない。現実には、どのエネルギー供給法をみても、一長一短であるどころか、かなり厳しい。
例えば、(a)石油・LNGなどの化石燃料は、事実上全て輸入に頼っている(✖安定供給)し、脱炭素に完全に逆行する(✖環境)。(b)原子力発電は、脱炭素の旗手として期待されたが、東日本大震災で安全神話は崩れ(✖安全性)、再稼働もままならない(✖供給力)。核のゴミ等の問題も解決していない(✖環境)。
再生エネルギーの方面では、頼みとなる(c)太陽光や風力発電は、引き続きコスト高である(✖価格)ほか、日照時間等によって供給にムラがある(✖安定性)。また、今後飛躍的に増やそうにも立地条件のあうところが少なく(✖供給余力)、発電パネルや風車の廃棄にも課題が残っている(✖環境)。昔から使われている(d)水力も、これ以上立地できそうなところが少ない(✖供給余力、✖環境)。
いってみれば、八方ふさがりである。

そうした中にあって、今回の計画(原案)では、2040年までに、火力への依存度は脱炭素に向けて大幅に減らす一方、原子力発電所は、現有の施設をフルに再稼働したり建て替えたりしていき、太陽光や風力は供給力を数倍にする、というのだから、素人がみても、かなり希望的観測が入っていると言わざるを得ない。
担当官が精一杯知恵を絞って、エネルギーの安定供給のために、出来る限りのメニューを示したこと自体は多とする。また、「2040年度エネルギー需給見通しは、前提によって変わりうるものであり、かつ、一定の技術進展が実現する場合に到達可能なもので、我が国のエネルギー政策として目指すべき方向性を示すもの」(『2040年度におけるエネルギー需給の見通し』、資源エネルギー庁)である。確実なものでは全然ないということが、大前提となっている。
しかし、それにしても、今回のような楽観方向にバイアスのかかった(率直にいえば、実現できそうもない)シナリオを、この大事な時期に国民に示して一体大丈夫なのか。
さらに、エネルギー価格高騰への対策として、政府は、この2年間で10兆円近い予算を投じてきている。ガソリン・電気・都市ガス等の価格上昇を抑える措置を講じてきたほか、来年2月には、再度、電気代・ガス代の補助が再開する。
ちょっと待ってほしい。

そもそも、家計や企業活動を、エネルギー価格の引き下げ(上昇幅の抑制)で助けるのは、上記エネルギー政策と矛盾する。恵まれない家庭や経営の苦しい企業を助けるという大義名分はあったとしても、それを実現する方法は他にあるはずである。
わが国が石油ショックを乗り越えられたのは、楽観的な供給シナリオを示したからでも、価格急騰のショックを和らげたからでもない。供給不足と価格高騰を前にして、企業も家庭も(そして政府も)必死の努力をしたからである。

今回局面においても、将来に向けた供給面でのエネルギー「危機」は、既に起きている。もっと国民との間でエネルギー政策の直面している厳しい状況について意識を共有するようにすべきである。
今年の歳末セールなどをみても、エネルギー問題がないかのように、賑やかに、明るくしている。国全体としてみると、エネルギー価格の上昇にはぶつぶついいながらも、日々安穏と暮らしている印象は否定できない。今一度、我々は、東日本大震災直後の反省や危機意識を思い出すべきである。そして、せめてその頃に津々浦々で実践したエネルギー節減策を、真剣に再導入すべきであろう。

エネルギー供給を巡る客観的な環境は相当危機的なのに、相当背伸びした(楽観バイアスのかかった)シナリオを示したり、補助金などで国民の目先の価格高騰の痛みを減らしたりするのは、のちのちに大きなツケとなって返ってくる可能性が高い。
人口減少問題や経済成長見通しでも同様であるが、楽観シナリオは禁物である。「不都合な現実」を直視しないでいると、対応は大幅に遅れてしまうのである。
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