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賃上げか生産性向上か~物価上昇の中で経済の好循環を作るには(コラム#048)

経済財政白書によれば、景気回復は戦後3番目の長さになったとのことであるが、物価上昇に賃上げが追い付かず、実質賃金が低下していることから、国民にはそんな実感はない。経済の好循環を作っていくためには、生産性向上によって国全体の成長率を引き上げていくことももちろん重要であるが、今は、企業から労働者への分配をもっと積極的に進めるべき局面にある(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)。

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内閣府は2025年7月29日、「令和7年度年次経済財政報告」、通称「経済財政白書」を公表した。

大部なので、筆者もまだ消化出来ているわけではないが、いくつか気になるところを述べてみたい。


まずは、「インフレ」についてである。


今回の白書では、「我が国経済は現在、消費者物価が上昇しているという点で、明らかにデフレの状況にはなく、経済学的に言えばインフレの状態にある」と明記された。やっと、政府は公式文書で、「デフレからの脱却」を宣言したというか、認めたことになる。


(出所)経済財政白書2025
(出所)経済財政白書2025

庶民感覚からすれば、最近の令和のコメ騒動をみるまでもなく、「今やインフレであることなんて、言われなくても分かっている!」と言いたくなる。


日本政府は、インフレーションとデフレーションを、何故か対義語とはしていないので、非常に厄介であるが、ようやくそれでも「デフレの状況ではなくなった」ことを公式に認めたのは、評価すべきであろう。これによって、金融政策を含め、政策対応の自由度は広くなる(はずである)。


(出所)経済財政白書2025
(出所)経済財政白書2025

次に、「景気回復」についてである。白書では、景気の谷は2020年5月であったとして、そこからの景気回復の長さは、「戦後3番目の長さ」としている。無論、大本営発表をしているわけではないが、国民の実感からすれば、景気って回復しているの?、と思わざるを得ないであろう。


「実感との乖離」が生まれる理由はいくつかあるが、まずは、定義の問題がある。統計上は、鉱工業生産、GDP成長率、企業収益、雇用統計などのマクロ経済指標の底打ちからの回復があれば、「景気の谷」は過ぎたことになるので、機械的に「景気拡張期(回復期)」にあると判断せざるを得ない。


一方で、多くの国民は、おそらくは「経済の勢い」を肌感覚で感じるかどうか、で判断しているので、物差しが違うことになる。国民としては、成長率がそこそこ高くなる状況にでもならない限りは、回復していると言われてもピンとこないのである。だから、庶民感覚からすれば、ここ数十年は「不景気」「景気がぱっとしない」状況が続いていることになる。


(出所)経済財政白書2025
(出所)経済財政白書2025

さらに、最近は、「実質賃金の低下」という問題が加わっている。ここ20年くらいは低成長とゼロ近傍のインフレ率がセットであったのが、急に物価が上昇するようになった。賃金も多少上昇するようになったが、そうした局面でありがちなことではあるが、賃金の上昇が物価の上昇に追いつかない状況にあるので、ますます景気回復の実感なんてないのである。特に、地方の中小零細企業(原材料・人件費高騰のあおりを受けやすい)や、低所得世帯、非正規労働者(賃上げの波及が弱い)では、そのように実感するまでには相当時間がかかることになる。



(出所)経済財政白書2025
(出所)経済財政白書2025

最後に、「分配」と「生産性」である。経済の好循環を作っていくためには、物価の伸びを上回るような賃上げが実現する必要があり、そのためには、その原資となる利益を生み出せるだけの生産性向上が必要、という枠組みで、白書は議論している。


議論としてはその通りである。生産性向上、付加価値向上のために、個々の企業ではDX・GX投資や業務効率化、人材投資(リスキリング)などにもっと力を入れていくべきであるし、マクロ的には、人材の流動性を高め、生産性の高い産業に人材が速やかに移れたりするように、政策的な支援も当然継続すべきである。


一方、労働分配率は大企業を中心に近年著しく低下している。内部留保は過去最高水準で積み上がっており、利益は従業員に還元されずに企業内に留まっている。そして、法人税は過去最高水準を記録している。


(出所)経済財政白書2025
(出所)経済財政白書2025

そういう点からすれば、今の局面でまず注力すべきは、企業から労働者への分配率を高めることであろう。物価上昇の伸びを上回らないまでも、まずは物価上昇に負けないだけの賃上げはしていくことで、庶民の「景気実感」を変えていくことが必要となる。


このように、「実質賃金の低下」の対策としては、企業等に賃上げを急がせることが重要となる。なのに、国民の不満は、消費税率を下げろ、政府がけしからん、とか、なぜかそういう方向に向かっているようにみえる。


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企業に対して、(不思議なことに、従業員ではなくて)政府が賃金の引上げを要求したことは記憶に新しいが、国民自身が、雇用主に対して強く賃上げを要求していくことで「好循環」を作っていくべきであろう。

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