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市販薬に効能が似ている処方薬(「OTC類似薬」)を医療保険の対象から外すべきか~市民啓発の重要性(コラム#045)

 医療保険制度を持続可能なものにするための対応の一つとして、市販薬に効能が似ている処方薬(「OTC類似薬」)を医療保険の対象から外すべきかどうかが俎上に上っているが、専門家は、技術的な観点からこれを検討するだけではなく、「一般市民が社会保険全体の課題をきちんと理解してはじめて、議論が建設的に進む」という点も十分認識しながら、議論を深めていってほしい。(ソーシャルコモンズ代表 竹本治)

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OTC類似薬の保険適用除外
OTC類似薬の保険適用除外

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 「高額療養費制度の見直し」については、前回のコラム(2025年3月、ブログ#045)で書いた通り、凍結された。しかし、公的医療保険制度が直面している深刻な状況が解決したわけではない。持続可能な制度にしていくためには、なんらかの見直しに向けて議論を進めていかざるを得ない。


 そうした中、市販薬に効能が似ている薬(「OTC類似薬」)を医療保険の対象から外すべきかどうかが俎上に上っている。以下では、患者一般市民の立場から、本件についての論点を整理していくこととしたい。

(なお、筆者は本件をテーマとした日本医療政策学会主催の「緊急ウェビナー」(4月9日)に登壇したが、その際の有識者とのやりとりについては、日本医療政策学会のHPに掲載されているウェビナー映像をご参照。)


 本稿の要旨は以下の3点である。

1)「OTC類似薬」を保険適用から外すことは、「患者の自己負担を増やす対策」の中でいえば、現実的な対策だと思われる。

2)そうは言っても、患者や市民の納得感を得るためには相当な工夫が必要で、医療費全体の問題についての啓発がかなり必要である。

3)仮に「OTC類似薬」を保険適用から外すのであれば、実際の制度設計では相当工夫していく必要がある。

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OTC類似薬の保険適用除外(ポイント)
OTC類似薬の保険適用除外(ポイント)


1.OTC類似薬とは何か

 まず、「OTC」という言葉自体、一般にはあまり知られていなくて、馴染みがないと考えられるが、これは「店頭で取引される」とか「処方箋が不要な(薬)」という意味の英語(「Over The Counter」)の略である。


 我々が普通に薬局で買う「市販薬」は、医師の処方箋がなくても自己責任・自己判断で購入できるもので、「OTC医薬品」とも呼ばれている。これに対して、比較的リスクの高い薬(「医療用医薬品」)は、医療機関で受診して、処方箋をもらって初めて薬局等で購入できる仕組みとなっている。


 そうした中、「OTC類似薬」と呼ばれるカテゴリーがある。これは(定義は人によって異なる場合があるが)、一般には、「薬の効果やリスクなどの性質は『OTC医薬品』と似ているが、『医療用医薬品』として扱われていて、原則として処方箋が必要とされる薬」を指すとされる。例えば、医療機関で処方される湿布薬、うがい薬、あるいは漢方薬など、多くのものがこれに該当する。


 これまでも、「OTC類似薬」はそろそろ公的医療保険の対象から外すべきではないか(=処方箋なしに薬局で買える「市販薬」(患者の10割負担)にしていく)、という議論は継続的になされてきていた。そして、最近では、特に日本維新の会が、公的医療費や社会保険料の負担を軽減する対応の一つとして主張していることから、一層話題に上るようになっている。




2.「OTC類似薬」を保険適用から外すことの是非


 患者や市民といっても色々な立場な人がいる。単純化すれば、経済的な余裕があるかないか、重篤で医療費が嵩むか嵩んでいないかで、立場は大きく分かれるであろう。

様々な立場の患者・市民の存在
様々な立場の患者・市民の存在

 また、公的医療保険制度は「保険」の一つであるが、一般に、保険というのは、突発的な出費等で経済的に大変な思いをする場合に備えて、保険料をプールしておいて、実際にそういったことが起こった人の経済的な痛みを軽減しようとする「共助」の仕組みである。そして、そのプールされた財源の範囲で救済出来ないところ、保険でカバーできないところは、「自助」の範囲になる(注)。自動車保険などを思い起こせば、お分かりいただけると思う。


(注)もっとも「公的医療保険」については、後述するように、税金も投入されている(「公助」)。この公助によって、保険料がプールされた財源以上の範囲まで、人々は保険制度の恩恵を受けており、その分、「自助」で賄わないといけない部分は少なくなっている。



 そうした中で、先日凍結された「高額療養費制度」の見直しは、ざっくり言えば、経済的に一番痛手を受ける人たちの自己負担上限を引き上げようとする(「自助」を増やす)ものであった。公的医療費制度の破綻を回避するためには、何等かの対応は必要となるが、上記「保険」の役割からすれば、このエリアではできる限り患者の自助を増やさないことが適当だと考えられる。


 これに対して、「OTC類似薬」を保険適用から除外するというのは、逆に、軽微な疾病の医療費について、広く浅く患者の自己負担を増やしていこうとするものである。したがって、一人ひとりの生活への痛手は相対的には小さいものとなる。


保険がカバーすべき範囲
保険がカバーすべき範囲

 公的医療保険の対象となっている医療費の膨張を、もし「患者の自己負担(「自助」)を増やす」という方策で対処するのであるならば、こちらの方が「高額療養費制度の自己負担額の引き上げ」よりは、バランスのよい対策といえる。大勢の方の賛同も得られやすいであろう。


3.医療費全体の問題についての啓発の重要性


 そうはいっても、自分の負担が増えるのだから、患者、市民の納得感を得るのは決して簡単ではない。


 制度見直しを巡る技術的課題について、専門家でしっかり詰めることは当然必要となるが、それよりも、社会保険全体が直面している課題をしっかり市民に啓発し、「だから、ここの制度の見直しが必要なのだ」ということをきちんと理解してもらうことの方が、より重要である。


 日本の年間医療費はざっと50兆円である。しかし、そうした医療費の全体像を知らない人の方が圧倒的に多いであろう。公的医療保険部分(約47兆円)に対する財源を見てみると、①患者による窓口負担(「自助」部分)は、現役世代は3割というのはよく知られているが、全世代を平均すると実は1割にしか過ぎない。そして、②保険料で賄っている部分(「共助」)は約5割だけである。結局、③社会保険方式と言いながらも、残りの4割は税金(ないし、赤字国債発行)(「公助」)でなんとかしているのが実情である。


日本の医療費は約50兆円
日本の医療費は約50兆円

 これに対し、平均的な現役サラリーマンには、医療費はどのように見えているであろうか。おそらく、自分の医療費のうち3割を自己負担しているということは知っているであろう。また、給与から天引きされている健康保険料は、自分がかかっている医療費よりも大抵の場合は持ち出しなので、おそらくは「不公平感」を強くもっているものと考えられる。


現役世代からみた医療費のイメージ
現役世代からみた医療費のイメージ

 一方、高齢者はどうか。自分の医療費が相当かかっていることは知ってはいるだろう。しかし、窓口で払う自己負担の1割分も、そして保険料も、所得が少ない中では一人前に払っているつもりなので、主観的には「負担感は強い」ものと思われる。「医療費の残りは、現役の誰かがなんとかしてくれるものだ」と、そんなふうに思っている人が多いのではないか。



高齢者からみた医療費のイメージ
高齢者からみた医療費のイメージ

 そうした中で、「今般、OTC類似薬については、保険の対象からはずします」と急に言われても、市民は、まずもって「OTC類似薬なるもの」は何なのか理解できないし、仮に理解したとしても、自分の直接的な出費が増えるようだから、「それは嫌だ。ほかでなんとかしてよ!」というのが素直な反応となる。


 ではどうしたらよいか。

 

 なかなか妙案はないが、大きく3つの対策を述べてみたい。


 まずは、(1)マクロ的な問題を「自分事」にしてもらうことである。例えば、医者にかかったときの請求書を改訂し、窓口で実際に支払う三千円とか、千円という額ではなくて、医療費総額の「一万円」の方を、圧倒的に目立たせるようにする。それだけでも、市民の意識が変わる可能性はあるのではないか。


かかった医療費全体の見える化
かかった医療費全体の見える化

 次に、(2)医療費の全体像をもっともっと分かりやすく示すことである。まず、「医療費が毎年1~2兆円増えている」ということは、一般市民には殆ど知られていない。したがって、かなりしつこくPRすべきである。そして、この毎年の追加コストは、誰かが払わないといけないわけであるが、①みんなの保険料を上げていくか、②税金を上げるか、それとも、③患者の自己負担を上げるしかないという「簡単な算数」についても、啓発は全然足りないので、もっともっと宣伝すべきである。


 その上で、もし③患者の「自己負担を上げること」で対応するのであれば、(ⅰ)高齢者の窓口の自己負担率を上げるのか、あるいは(ⅱ)高額医療費制度での自己負担上限部分を上げるのか、それとも、(ⅲ)医者にかからずに、市販薬を買うようにするのか、といった選択肢ぐらいしかないことを、分かりやすく示すべきである。

選択肢の提示
選択肢の提示

 そこまできて初めて、「なるほど、OTC類似薬を保険の対象から除外することは、まあ仕方がないかも」という声が増えるのであろう。




 そして、(3)より広い視点での議論も必要である。医療費が毎年1~2兆円増えるのを抑え込むためには、より抜本的な対応になる。そのためには、市民が気軽に医療機関にかかりすぎている――日本は先進国の中でも平均受診回数はかなり多い――のを改めて、社会全体で「過剰受診」を抑制していく必要がある。つまり、「セルフ・メディケーションの推進」が鍵となるのである。


 供給側である医療機関の方も、公的医療保険制度の中で、非効率に経営している部分がある。すなわち、市民・患者のコスト意識が高くない、あるいは情報の非対称性がある中、過剰な診察・検査・投薬がなされがちである。そうした現状を改めていくべきである。患者も、そこは厳しく指摘し、医療関係者と協力しながら、「無価値医療」と呼ばれる非効率な医療費の支出(診察・検査・治療・投薬)を削減していく必要がある。



より広い視点での議論
より広い視点での議論

 言うは易しではある。しかし、医療費についての課題の全体像を、より多くの市民が知るようになれば「全体最適」を実現する方向に議論が進むようになる可能性はあろう。


 結局は、患者が「自分の医療費のために払うお金が増えるのは嫌だ」ということを強く思って初めて、具体的な行動が変わり、過剰受診・過剰検査・過剰投薬の抑制が図られるものかもしれない。そういう点からは、「OTC類似薬の保険適用の除外」は、過剰な医療需要の抑制と供給側の効率化の双方に好影響を与えうる。


4.制度設計の工夫の必要性


 最後の制度設計の工夫の件については、4点述べたい。


 まず、(1)患者が自己判断に頼りすぎると、本当は重篤な病なのに「大丈夫だ」と間違って判断する危険性は、理論的にはあり得る。


 この点については、薬剤師が、患者から健康相談・服薬相談をもっと気軽に受けるようにして、その相談の中で、必要に応じて受診を勧奨するなど、薬剤師・薬局の機能を強化していくことが、一つの解決法として考えられよう。



薬剤師・薬局の機能強化
薬剤師・薬局の機能強化

 次に、(2)患者の立場からみて、診察・処方・調剤代まで含めた医療費を窓口で払う(自己負担1~3割)ことよりも、同等の市販薬を薬局で買う方が安いようにすることである。そのためには、医薬品の価格設定部分での大幅な見直しが必要となる。


 医療現場で実際に多く起こっているのは、高齢者による気軽な受診であろう。「気休めに、いつもの先生のところにいって、いつもの湿布薬をもらう」という、一部の高齢者にありがちな行動を是正するためには、「市販化するOTC類似薬」に払うお金の方が、「診察・処方・調剤まで合わせた医療費総額」の1割となる自己負担額よりも安い、という風に、価格設定をしていくことが重要となる。そうしていけば、セルフ・メディケーションは相当早期に普及するはずである。



医薬品の価格設定での工夫
医薬品の価格設定での工夫

 そして、(3)所謂「パターナリズムからの脱却」を、国を挙げて進めることも重要となる。

 

 現在、医療用とされているOTC類似薬は、一般的には市販薬よりは有効成分が多かったりして、効能が強くなっている。これは、「医師の診断・処方というフィルターを通しておけば、患者が薬害に遭うようなリスクはコントロールが出来る。多少強い薬を処方しても大丈夫。逆に、そうではない市販薬は、副作用のリスクが少ないように弱くしておくべきだ」という、パターナリスティックな思想に基づくものであろう。


 今回議論されているように、仮にOTC類似薬を市販薬化するとなると、これまでよりも強い薬が、一般に購入しやすくなる。それは危ないのではないかという、議論を惹起しうる。しかし、そこは日本的なパターナリズムの行き過ぎともいえるところであろう。これからの日本では、患者や市民が自分できちんと判断していくような社会を作っていくことを目指すほかはない。


 葛根湯、湿布薬や目薬などで、深刻なレベルの薬害は起こるとは思えないが、中間解としては、現在、一部の市販の風邪薬などで行われていることであるが、薬局での販売個数を制限しつつ、販売の際には薬剤師が説明する義務があるようにしてもよい。そうすれば、リスクはある程度コントロールできるようになる(注)。


(注)ちなみに、現在の販売個数制限の対応は、極めて中途半端で、薬局を渡り歩いていけば、同じ薬をいくらでも買うことが出来る。もし、本気でここをコントロールしようと思うのであれば、例えば、マイナンバー・カードがないと購入できないようにする、また、購入履歴もマイナ・ポータルに記録され、一定の上限以上は買えないようにする、といった制度対応が必要となる。


 迂遠であるが、市民への啓発をすすめ、軽微な疾病については、自分で自分の面倒を見るのが第一で、医師には極力頼らないようにすることを、社会のスタンダードにしていくことが王道である。


 なお、今後、仮に「OTC医薬品」が処方箋不要となった場合には、一部のモラルの低い医師が、治療に必要十分な薬効を持つ市販薬(かつてのOTC類似薬)を患者に勧めずに、自分の収入になるように高額な医薬品をわざわざ処方するようになってしまうのではないか、という議論もなされている。


 こうした問題を是正していくためには、レセプトでチェックしていって、疾病の診断に比し、不自然に高価な医薬品を処方している場合にそれをチェックして指導していく、という仕組みを作っていくのが適当であろう。現在でもレセプトでのチェックは行われている。そもそもレセプトの情報量には限界があるので中途半端なチェックしかできないが、さすがに悪質なケースは今でも拾えているはずなので、それと同じことをやっていくのが穏当である。


セルフ・メディケーションの推進
セルフ・メディケーションの推進

 また、(4)税制面でセルフ・メディケーションを一層進めることも重要となる。


 残念ながら、「セルフ・メディケーション税制」は殆ど市民に知られていない。また、使い勝手の悪さもあって、殆ど利用されていない。制度改正にあたっては、例えば、医療費控除と一緒に出来るといった抜本的な対応をしていくことが必要となろう。



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