秦の始皇帝vs.日本の戦国時代~デジタル小口決済の彼我の差に思う(コラム#050)
- 竹本 治

- 9月29日
- 読了時間: 4分
中国では、既にアリペイなどのデジタル小口決済サービスが完全に定着しており、取引が圧倒的に効率的になっているが、似たような企画が乱立している日本でも、小口決済や取引全体の効率性を高めるメリットを享受すべく、そろそろ集約を図る時期に来ているのではないか。(ソーシャル・コモンズ代表 竹本治)

先日、中国を訪れる機会を得たが、そこで目にしたのは、日本とは対照的な風景であった。デジタル小口決済については、アリペイ(支付宝)とウィーチャットペイ(微信支付)という二大決済システムが圧倒的に普及していることは、よく知られているが、内陸部の零細な商店での極めて少額な決済に至るまで、それが徹底されていて、旅行中に現金を使う機会は皆無であった。これには、大変驚くとともに感心した。

このように、津々浦々で二大サービスがインフラとして完全に機能しているのは、両社が莫大なユーザーベースを土台に、単なる決済手段に留まらず、融資や投資サービスなど多様なサービスを提供する独自のエコシステムを築き上げてきていることによるのであろう。すでに、「戦国の七雄」や「三国志」の時代は終わって、新たなプレイヤーが市場に参入する余地が限られているともいえる。

翻って日本のデジタル小口決済環境を見ると、全く異なる様相を呈しており、依然「戦国時代」さながらである。小売店やコンビニでは、クレジットカード決済、電子マネー(SuicaやPasmoなど)、そして多種多様なQRコード決済サービスに至るまで、極めて多くの決済プラットフォームが林立どころか「乱立」している。日本での「天下統一」は道半ばで、デジタル小口決済は、いまだ極めて中途半端な形で進行していると言わざるを得ない。
日本においてこれほど多様な決済プラットフォームが共存している理由としては、(1)消費者がクレジットカード、電子マネー、QRコード決済、プリペイドカードなど多様な支払い方法を好む傾向にあり、また、(2)政府がキャッシュレス決済の普及を推進する中で、さまざまな企業が市場参入し、激しいシェア獲得競争を繰り広げているからだ、とされる。確かに、こうした多様性は、競争による革新や、消費者が自分のニーズに合ったサービスを選べる選択肢の豊富さをもたらしている可能性はある。

一方、極めて深刻な非効率性が生じているのは否めない。最大のデメリットは、店舗側の負担である。店舗、特に小規模事業者は、複数の決済システムに対応するために高額な端末や契約を管理する必要に迫られ、管理コスト※や経済的な負担が増大していることはよく知られている通りである。こうしたこともあって、未だに現金決済しか受け付けない店も多く残る。これらは、全体として市場が非効率となる「市場分断」を引き起こしている。
※例えば、「JPQR」という統一QRコード決済は普及しつつあるが、独自コードを引き続き推進する企業も少なくない。また、仮に売上情報の管理は、JPQRの統一管理画面で行えるようになったとしても、入金口座の変更といった契約者情報の変更などは、各社個別の管理画面を利用する必要がある。
利用者側から見ても、プラットフォームが増えすぎると、複数のアプリやアカウントを管理する必要が生じ、かえって使い勝手が悪くなる可能性がある。デジタル決済は、大勢の人が同じプラットフォームを使えば圧倒的に効率的になるはずである。

現在でも、市場競争の激化や大手企業同士のアライアンス、提携によって、決済プラットフォームの集約は徐々に進んでいるものの、多様性は保たれたままである。利用者が使いやすさや還元率を重視し、よく利用される数社にユーザーが集中する傾向も存在するが、強力な合従連衡には至っていない。

さすがに、我が国においても、決済サービスを数種類程度に集約するべき時期に達しているのではないか。そのためには、単に、サービス間の競争を通じた市場の自然な統合を待つだけでなく、より積極的な方向付けが求められる。政府もキャッシュレス決済の普及は推進しているが、規格や技術基準の標準化を積極的に進めることで、統合されていく流れを後押しするべきであろう。むろん、決済システムの集約化を図るにあたっては、競争によるイノベーションを完全に排除することは望ましくないので、そこのバランスをとる必要はある。

中国では、2000年以上前に秦の始皇帝が、度量衡の全国統一を図った。現代のデジタル小口決済の分野においては、さすがの中国でも一種類に統一はされないであろうが、今回の往訪は、日本でも集約化プロセスを進めるべき時が来ていることを痛感する機会となった。



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